形と術理

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鹿島神伝直心影流に伝わる形

およそ五百年前、流祖松本備前守と二代上泉伊勢守が鹿島之太刀の基本を実戦の中から練り、法定之形五本を創出した。

木剣で法定を行い、真剣を用いて法定の裏を創った。後、真剣に馴れるため刃挽に変え、完成をみた。

四代小笠原信斎が法定を大自然の運行(春夏秋冬)として四本にまとめ、剣道の原点の形を創る。更に法定を基に韜之形の十四本を加えた。

五代神谷伝心斎は小太刀之形を六本精華させた。七代山田一風斎は寸止めの韜之形では満足できず、三男である長沼国郷と共に防具を発明して、形と仕合剣道の流派を平和な江戸時代の剣道として確立。十代、十一代、十二代眞帆斎の三代で多彩な人材を育成し、江戸時代に於て直心影流は隆盛をきわめた。十三代静斎信友は幕府講武所の頭取となり武道界の頂点に立つこととなる。十四代鍵吉は天覧兜割で当流の実力を示し、一世を風靡した。十五代一徳斎は仕合剣道に偏り気味だった当流に、今一度、藤川派に残存していた法定から丸橋之形を再現し、元来の姿へと回復させた。

◎法定

八相發破 一刀両断 右轉左轉 長短一味

◎韜之形

一.龍尾(左右日本) 二.面影(左右二本) 三.鐵破(進退四本) 四.松風(左右二本) 五.早船(左右二本)

六.曲尺 七.圓連(刀連體連)

◎小太刀之形

一.風勢 一.水勢 一.切先返 一.鍔取(提剣) 一.突非押非 一.圓快

◎刃挽之形

八相發破 一刀両断 右轉左轉 長短一味

◎丸橋之形

八相剣 提剣 水車剣 圓快剣 圓(丸)橋剣


法定は、当流の根本となる形であり、単なる剣技の形ではなく、呼吸・間合・気合・足捌き・心法を学ぶための修行体系です。「すべての術理が法定に含まれている」と考えられています。

法定之形はもともと五本(土用として刃挽)であったと伝えられていますが、後に整理され、現在は春夏秋冬の四本から構成されます。四季の循環と陰陽の変化を表現し、大自然の運行と剣理を一致させることを目的としています。
法定の特徴
1.独特の呼吸
直心影流でとくに有名なのが「阿吽の呼吸」です。
形の中では長く引き伸ばした発声を用い、
・吸気(阿)
・吸気(吽) を全身運動と一致させます。
単なる気合ではなく、身体操作と精神統一の方法として伝えられています。
2.直刀形の木剣
法定では一般的な湾刀ではなく、流派独特の太く長い木剣を使用します。
鹿島神宮に伝わる古い直刀との関連が語られ、法定の木剣が直刀形なのもその伝承によるとされています。
3.「打太刀が導く形」
古流剣道ではよく見られる構造ですが、法定では特に、
・打太刀(師)
・仕太刀(学ぶ側) の関係が重視されます。
打太刀は勝つためではなく、仕太刀に理合いを体得させるために動きます。陰陽思想になぞらえて、打太刀を陽、仕太刀を陰と説明する伝承もあります。
四本の大まかな意味
春・八相発破
芽吹く生命力を表わす形。
基本となる呼吸・気勢・運歩を学びます。
夏・一刀両断
盛んになる陽気を象徴
迷いなく敵を断つ決断力と中心線の攻防を学びます。
秋・右転左転
変化・転換の理を示す形。
状況変化への対応や体捌きが重要になります。
冬・長短一味
長太刀と短太刀、攻防、陰陽など対立するものの統一を表わす形。

韜之形

「韜」という字には「おさめる」「包む」という意味があり、袋竹刀を用いて実戦的で素早い攻防を修練します。
韜之形の構成
1.龍尾 2.面影 3.鐵破 4.松風 5.早船 6.曲尺 7.圓連
法定のように大きく力強い動きだけでなく、
・間合いの操作
・攻防の転換
・崩しと制し
・剣先の働き
・気位(気勢)の駆け引き を学ぶ内容になっています。
韜之形は
・より速い展開
・実際の打ち込みに近い攻防
・相手との駆け引き を重視し、法定で養った基礎を応用する段階と考えられています。
形の意味
・龍尾:龍の尾のようなしなやかな転換
・面影:相手の動きを映すような応変
・鐵破:鉄をも砕く強い打ち
・松風:風のような流動性
・早船:素早い進退
・曲尺:直線と曲線の使い分け
・圓連:円運動による連続攻防 といった術理を象徴しています。

小太刀之形

小太刀之形は単なる「短い刀で長い刀に対抗する技術」ではありません。
小太刀を通して「間合を破る剣」「中心を奪う剣」を学ぶ体系とされています。

伝承では五代、神谷伝心斎が精華したとされる六本から構成されています。
1.風勢
2.水勢
3.切先返
4.鍔取
5.突非押非
6.圓快
小太刀之形の特徴
・仕太刀が小太刀を用いる。
・小太刀を両手で把持する伝承がある。
・長刀に対する単なる「短兵器の防御術」ではなく、間合いを破って主導権を奪うことを重視する。
・円運動や体さばきを用いて相手の太刀を制し、近間で勝負する理合が多く含まれる。
理合

・風勢 
・「風」の名の通り、正面から力で受けとめず、相手の太刀線をかわしながら間合を詰めることを学びます。
重要なのは、
・長刀と競り合わない
・相手の打ち込みに乗る
・小太刀の機動性を活かす という点です。
・水勢
・水が流れるように相手の力を受け流しながら制する。水は障害物にぶつかっても止まらず形を変えて流れます。
・柔軟な間合操作が主題。接触したら流す。流した瞬間に主導権を奪う。
・切先返
・相手の切先を制し、その働きを反転させる理合。
・刀身そのものよりも、剣先の支配が中心。
・鍔取
・鍔際まで入り込み、近間で優位を得る技法。
・相手の刀を無力化する
・切先の働きを殺す
・体勢を崩す
・小太刀ならではの接近戦を学ぶ。
・突非押非
・「突かず、押さず」の名の通り、力任せに攻防しない理合を示す。
・相手との均衡を崩す剣理が含まれる。
・圓快
・円の理法による最終形。
・円運動・循環・滞りのない動き を重視します。
「短い刀だから守る」のではなく、「短い刀だからこそ積極的に間合を奪う」という思想が貫かれています。

刃挽之形

当流の根本形である「法定之形」の裏にあたる重要な形です。歴史的には、木剣で行う法定之形に対して、刃を潰した実用刀(刃挽刀)を用いて行う形として整備されたと伝えられています。
刃挽之形とは
伝承によれば、
・法定之形は釼術の基本原理を学ぶ表の形
・刃挽之形はその理合をより実戦的な刀法として学ぶ裏の形
という位置づけです。木剣による法定をもとに、真剣の理を学ぶために刃挽之形がつくられたとされています。
四本で構成されます。
1.八相発破「八相」は八方、あるいは八相の構えを、「発破」は四方八方に打ち破るという意味を持ちます。
・一方向に固定されない
・あらゆる方向への対応
・気勢による制圧
2.一刀両断 一太刀で対象を断ち切るという意味です。
単に力で斬るのではなく、
・機を捉えること
・刀筋の正しさ
・心身の一致を象徴すると解釈されます。
3.右転左転「右に転じ、左に転ずる」という意味です。
・攻防一体
・変化への対応
・中心を失わない転換が重要視されます。
そのため、単なる方向転換ではなく、状況変化の中でも理を失わない、ことを示しています。
4.長短一味「長いものと短いものが一つの味になる」
・長刀と短刀
・遠間と近間
・攻撃と防御といった相反するものが根本では同じ理に帰着することを表わすと解釈されます。
つまり、万法帰一(多くの技が一つの原理に帰る)とも解釈されます。
法定之形との違い
・法定之形は直刀形の木剣を用い、呼吸・気合・間合・足捌きなど流派の根本原理を学ぶ
・刃挽之形は刀を用いることで、斬撃や刀身操作の感覚、より実際的な太刀筋を学ぶ
という違いがある。

丸橋之形

詳細な技法や口伝は、免許段階の伝承事項として扱われています。
五本から構成されています。
1.八相剣 八相は直心影流で極めて重要な構えです。
単なる構えの応用ではなく、
・気勢による制圧
・中心の奪取
・発する氣と斬る氣の一致 を窮極的に扱う形です。
2.提剣 小太刀之形に「鍔取(提剣)」が存在するため、丸橋之形の提剣は、その理合をさらに長兵器対短兵器の関係に発展させたものと考えられます。
相手を誘い、機を生じさせる「待つ剣」の性格が強く表れています。
3.水車剣 水車は直心影流における円転運動の象徴です。
直線的な斬撃ではなく、
・攻防一体
・連続変化
・止まらない運動 を表わしています。
4.圓快剣 圓快は小太刀之形の最終形でもあります。
「圓」は円満・円転、「快」は滞りのない働きを意味すると解釈され、
・相手と争わずに制する
・力まずに勝つ
・円の理による勝利 を示す段階とされます。
5.圓橋剣 丸橋之形の終着点です。特に奥義的位置づけにあり、
・円(天地自然)
・橋(自己と相手、天地を結ぶもの)という象徴的意味があります。
全修行体系の総決算として位置づけられています。
丸橋之形は技術を教える形というより、「法定で学んだ天地自然の理をどう体現するか」を示す哲学的・精神的な完成形に近いものです。
攻めるようで攻めない。待つようで待たない。
相手を誘導し、相手自身に敗北する動きを起させる。
敵がせめても回る。敵が退いても回る。攻防を別々に考えず、一つの循環として扱う。
「圓」は円満。「快」は滞りなき働き。つまり、勝とうとしないから勝つ。
自然に従った結果として勝負が決まる。
・圓=円・完全
・橋=二つを結ぶもの
対立するものを一つに帰着させる、
・攻と防
・生と死
・我と彼 を超える境地を目指します。
端から見ると、大きな攻防がなく、「何も起きていないように見える」と伝えられています。
なので、何が高度なのかわからない。動きが小さい。勝負がいつ決まったのか分からない。
という性質を持っています。

直心影流では「円」や「橋」という概念が、天地陰陽・円転自在・相対するものを結ぶ働きなどを象徴的に表すことがあり、丸橋之形は法定や小太刀などで学んだ理合を総合的に運用する高次の形と解釈されます。但し、これは修行者らによる解釈であり、口伝そのものではありません。


これらは「奥義」そのものではなく、奥義へ至るための修行体系として伝えられています。
一般に「秘伝」とされるものは、
・相手の起こりを読む観法
・間合いの支配
・拍子(タイミング)
・気勢の作り方
・心法(精神修養)
・形の裏にある理合 なので、技名だけを知っても実際には意味をなしません。
その他免許伝授や口伝に属する奥義・秘伝は非公開とされます。